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鍼灸の科学<医療の未来を開く為に>

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今更ここでお話しすることでもありませんが、鍼灸治療による痛みや傷病への効果効能を実感したとしても、体に大きなダメージを蒙るような副作用などを体感したことは一度もありませんでした。今まで多くのクライアントさんに行ってきた鍼灸治療で感じてきた事の中で、まず一番に掲げられるべきものは「鎮痛効果」ではないかと思います。

鍼(ハリ)の鎮痛効果は既に20世紀に実証済みです。彼の中国において薬剤による麻酔を一切使わずに、患者さんの身体に鍼を打ってから低周波通電することで麻酔効果を実証しながら実際に開頭手術をやってのけたのは有名なお話です。また鍼麻酔の方が全身麻酔よりも術後の創傷の治りが早く、免疫系、自然治癒力の増大なども証明されています。アメリカもこの事実を知っているが故に、最近では癌患者さんへの代替補完医療として鍼灸の併行治療を行う病院も少なくありませんし、保険の適応も認められているのですから、日本はまだまだ遅れているのかも知れませんね。

人間の体に生じる「痛み」とは、ある面においては「危険信号」である場合もありますし、そうではなく慢性痛のように「神経回路の整合性を失ってしまった状態」である場合もあります。例えば足首の捻挫をすれば関節の周囲に炎症が起こりますから、そこには痛みの物質が放出されます。しかし炎症が引いてくれば自ずと痛みの物質も放出されなくなりますから、月日が経過すれば痛みも治まってくるのです。こういう痛みは「急性期」に無理をしたり間違った対応をしなければ多くの時間を経ずに緩和してくるものなのです。

ところが慢性痛(原因の判らない長期間にわたる痛み)というのは、病院に行っても原因が特定されないので、医療機関としても対応のしょうがありません。こういった慢性痛のような原因が特定されていない痛みに一番対応して効果を上げられるのが鍼の鎮痛効果でもあります。

鍼を体表に打つと何故それだけで痛みが引いていくのでしょうか?

私もこの道に入る前は不思議で仕方がありませんでした。ところがNHKの科学番組の中で「鍼」を用いた「ある実験」を行っていた番組を見て、一目瞭然で痛みが取れていく原因が判ったのです。

皆さんは温泉で体を温めていくと、どのような体感がありますか?まず「体を温める」と非常に心地好いというか気持ちが良いですね。のんびりと温泉に浸かっていると、フワッとしてきて体の中の血液が全身に汲まなく流れているような感覚が伝わってきませんか?その「血液が全身に汲まなく流れている」ということと「心地よい」というのは一体どこから来ているのでしょうか?そこが一番のポイントになるのです。そのNHKの科学番組で行われた実験というのは、「ラットの体表に鍼を実際に打って、ラットの血管を流れている血液の状態」を観察したものだったのです。

ラットが何も体表に刺激を受けていない場合には、通常通りのスピードで血液が流れていました。ところが体表に鍼を打って血管を観察してみると、何と血液の流れが早くなっていくのが観察されたのです。そのスピードは通常の血液循環のスピードの「約10倍の速度」に変化していったのですが、実はその状態が10時間ほど持続していたのです。これには私も驚きました。

血液の流れが速くなるということは、所謂一般的な言い方に変えれば「新陳代謝が良くなっている」ということになります。

私も常々実感してきましたが、クライアントさんに鍼施療を行っていくと、必ず体表から汗が滲み出てきます。もちろんその汗の出方にも様々な形態がありますが、いずれにしても体内の血管を流れている血液循環のスピードが増す為に汗が出てくるわけですから新陳代謝が促進されているのは一目瞭然です。

このようなラットの実験でも鍼による生体反応の科学的な側面を理解することが出来るのですが、もちろん人体に関しても同じような現象が体内で起こっている・・ということになります。そして「痛みの物質」がある部分から放出されているとしても、その痛みの物質を血液の循環によって洗い流してしまうことが出来れば、そこに痛みの感覚自体が薄れていく・・・ということになります。

ただし痛みが無くなる・・・という事が良い場合と、そうでは無い場合もある・・ということを考えておくことは大切なことです。例えば捻挫の腫れが引いて痛みが徐々に薄れてきたとします。しかし靭帯の損傷程度や関節の緩み具合などを考慮すれば完全復帰までのリハビリ期間に時間を取らなければ、再発の危険性が伴ってくるというリスクも考えなければなりません。だから鍼を打って痛みを緩和させることが例え可能だったとしても、ある期間は運動を抑制する必要もある・・・ということですし、痛みさえ引けばそれで良しと出来ない傷病もあるということになるのです。ところが「慢性痛」のように原因が特定されておらず日常生活の中で常に痛みを自覚しているような場合は別になってくるのです。

とにかく一刻も早くこのような「原因の解らないような痛みとは決別したい」と思っている人達こそ是非鍼を打ってその鎮痛効果を体感して欲しいと思います。

鎮痛剤のような薬で痛みを抑えていても、実際は薬が切れたら痛みがまた増してくるはずです。鍼はその鎮痛効果の持続性を伴いながら、日常における痛みの質にも変化が現れてきますが、ハリによる一番有効な点というのは「副作用が全く無い」ということなのです。鎮痛消炎剤は「血液循環を抑制」してしまうものなので、慢性痛に対して長い期間使用してしまうと全身的な血行不良を起していくそうです。

もしそのような状態に陥ってしまえば慢性痛が引かなくなるのは目に見えています。何故なら痛みの物質を洗い流せなくなる(要するに血液循環が悪い状態ですね)ような状態を導き出してしまうのですから、どちらが体に優しい効果を見出せるかと言えば、長い目でみれば鍼に軍配が上ってしまいますし、そのような鍼の効果の中で体質改善へと繋がっていくならば、それ以上の面も強調することが出来るのです。ただし局所的な激痛があるような場合には、その痛みを抑えなければ血圧が上ってしまうとか眠れない・・といった事で、二次的な弊害を発生させてしまうようなケースでは一時的な痛みの回避方法として鎮痛剤等を利用すれば良いのではないかと考えています。

神経というのは興奮すればするほど痛みを自覚しやすくなりますが、慢性痛というのは、その痛みの性質上、痛みを感じている神経領域の皮膚面や関節などを過度の過敏症に招いてしまうことが多いようです。過敏になった皮膚面や関節というのは、たとえ軽い刺激であっても(例えば軽く触ったり、体重がかかっただけでも)強い痛みを感じるようになっていくことがありますが、これは痛みの物質が絶えずそこから放出されている・・・というよりは二次的な神経障害が根本にあって、実はその痛みの根源というのは「脳に記憶されている痛み」ではないか?とも最近言われています。

ようするにケガをしたときなどに長い間そのケガの痛みを我慢して生活してきたことによって、痛みの記憶が脳の記憶域に刻まれていく・・・ということが考えられるのだそうです。その脳に存在している痛みの記憶が変容しながら、身体各部に送られていくので、痛みの場所は様々なところに飛んでいくようになります。

だからある日は首が痛い・・と思っていたら、今度は腕の方に痛みが出現してきたりと、自分では原因も判らないし何も覚えが無いのに色んな場所に痛みを自覚してしまうというのです。こういったことから痛みを長い間に亘って我慢してしまうと慢性痛を引き起こす最大の原因になってしまうのではないか?と言われているのです。

このような「脳への痛みの記憶」というのは、全身の神経回路の交信異常や反応を見せて様々な悪影響を体に引き起すので、これが一番厄介な痛みの現象を生んでいくようです。

人間は痛みを感じていれば無意識にでも防衛反応を身体に引き起します。そういった痛み自体が大きな精神的なストレスとなって、首や肩、それから背中や腰などに過度の筋緊張を伴うようになります。しかし鍼灸マッサージのような適度に心地好い刺激が体表から加わることによって、興奮した神経が沈静化され、全身の筋肉が柔軟性を増していくのですが、それこそが鍼灸療法やマッサージ療法の一番有効なポイントとなっていくわけです。

温泉に入っていると心地よいのは何故ですか?とはじめに質問しましたが、これは体を温めることで全身の血液循環が良くなって脳にも血液が沢山運ばれていくからです。脳に血液が滞りなく運ばれていくと一体どのような現象が起こっていくかというと・・・「心地好い」という感覚が生まれるからには、そういった快感を感じられるような物質が脳内で分泌されているからだ・・・ということではないでしょうか。

鍼の効果というのも実はこれと同じような作用があって、鍼を体表に打った刺激が皮膚面を介し、それが脳へと伝わり脳内で快感ホルモンを促しているのではないかとも考えられているのです。快感を感じるホルモンには「β(ベータ)エンドルフィン」というホルモンがありますが、実は鍼を体表に打つことで脳内にこういった脳内モルヒネ様ホルモンの分泌が促されているのではないか・・とも言われています。

ランナーズ・ハイのように、ある程度長い間に亘ってランニングを継続していると「走るのが快感になってくる」と言うのは「Βエンドルフィン」が脳内で分泌されているから・・・というのは以前からも科学の世界で言われ続けてきたことですが、鍼の効果というのは、その刺激そのものが体表を介して脳に伝わっていきながら、その電気的な信号が脳にインプットされることによって、こういった快感ホルモン(神経伝達物質)や麻酔様ホルモン(神経伝達物質)の放出が脳内で起こり、その反応として局所的又は全身的な鎮痛効果を促進しているのではないかというものなのです。

更にラットの実験結果でもお話ししたように、全身的な血液循環の促進によっては全身的な免疫機能の環境改善を整えていく働きがありますが、そういったことが患者さん達の自然治癒力を増進しながら、多くの病気の治癒に対する大きな貢献をしてきたのではないかと思っています。

歴史的に見ても鍼灸の効果や効能の方が先に様々な形態で掲げられておりますが、実はその反対に科学の方がその鍼灸の道を探る事によって、そこから様々な効能効果の諸原理を説き明かそうとしてきたのです。

恐らくこれからも様々な事象を検証しながら科学によって鍼灸という東洋医療の実像が解明されていくことだと思いますが、現時点で鍼灸が癌などの進行病変などに対して、どのような手技手法によって最大の効果を発揮していけるのか?ということを含めて、これから先の東洋医療の最課題の一つであると私自身もずっと考え続けてきたのです。(by 院長)