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ボストン・レッドソックス松坂投手の肘・内側側副靱帯再建とスポーツにおける慢性外傷

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「投手」にとって投球側の肩や肘を傷め手術を受けなければならないということは、「スポーツ選手としての生命」をも危ぶみかねない事態であることに変わりはないが、トミージョン手術の成功例はアメリカでもこの日本でも多数認められており、私自身も北海道日本ハム・ファイターズ・トレーナーとして過去に選手達の肘の手術方式を含めてドクターから詳細なお話しをお聞きしながら、その後に手術を受けた選手達のリハビリ期間や現場復帰後の肘の状態を観察することにより「手術を受けることで選手生命をより長く保つ事も可能になる。」といったことを実感として感じてきた。

だから松坂投手が肘の手術を受けたことによって、より以前にも増して彼の投球パフォーマンスを上げることに繋がる可能性もある・・・ということは当然予測出来るし、またリハビリ期間や復帰時期の検討を含め、今後の復帰時期がどのように進められるのか?といったことには非常に感心が高い。



肘・内側の靱帯を痛めてしまうと、肘の関節にはゆるみが生じてくるので、投手のように「多くの投球動作」を行うことによって肘への負担が多ければ、当然、今度は「肘の関節面」への負担が増すので変形性の肘関節症へと障害が拡大していくことになる。

整形外科では変形性の膝関節症や股関節症などに対しては「人工関節置換術」が執り行われているけれど、野球選手の肩関節や肘関節における変形性関節症に対しては、そういった人工関節置換術は行われていないし、今後の課題として、もしそれが可能になるとすれば、特にプロ野球選手のようなスポーツを職業としている人達には大きな影響を与えていくことになるだろうが、やはりそれは無理難題なことではないかとも思う。

人間の身体には自然治癒力というものがあるので筋肉や腱、靱帯や軟骨を痛めても、ある程度のレベルの障害であれば、自然に治癒していくものがある。しかし筋繊維や腱や靱帯が切れてしまえば、それらを縫い合わせるか、または移植手術や人工物置換術によって傷めてしまった部分を代替的に修復するしか治る道はなくなってしまう。

スポーツにおける慢性障害の一番の怖さというのは、そこにあるわけで「もし慢性外傷が発生し、その後に外科的な手術が可能だったとしても、オペを行ったその後で「どの程度患部が元に戻り痛み無くスポーツ動作を行うことができるのか?」ということは「選手の年齢的な問題」や「その後のリハビリ期間の経過観察や動向」によっても大きく左右されることがあるからだ。

特に新たな手術方法を選択する場合には、当然 臨床データも少なくなるし、もちろんその新たな術式の有用性が多数の医師によって論じられていかなければならないはずだが、とりわけ学会でも激しい討論や様々な見解が寄せられているような現状があれば尚更、安定的確実に復帰が望めるような旧来の術式を選択した方が周囲としても賢明であり選手にとっても安心感が望めるのではないかと思う。

やはり人間の身体物質を構造物の一部として見立てながら、それらを人工的に修復することが可能だったとしても、「完全に元に戻すこと」は不可能だと思うし、先にも述べたように「年齢的な問題」や「リハビリ期間の動向や手法」によって大きく左右されることに変わりはないわけで、保存的な治療やそれに付随する形で「予防策」がまず先に立てられなければならないと私は思っている。

そしてその為には、スポーツ選手達のケアを含め、トレーニング・コンデショニング的な要素を早い年齢から修得させていくことが必要であり、そのような土壌を作っていくことがスポーツ指導に携わる方々の大きな課題として、常に頭の中に横たわっているべきではないかと感じている。



これはプロ・スポーツの世界でも実際にあることだが、スポーツ選手達のパフォーマンスを向上させる目的で行わせているトレーニングの中にも、それらの手法がスポーツ選手全般にわたって向上に繋がっている類のものとそうでは無いものがあるということ、またある個人的な選手にとっては非常に効を奏したものの、それ以外の選手にとっては反対に障害を拡大させてしまう元凶になっていくものもあるのではないか?・・・といったことも感じてきた。

それは外傷後の外科的な手術の術式やトレーニング形態にも云えることであり、実質的な形で「結果が良好な状態」へと向ったかどうか?といったことをまず検討していく必要性があって、成功例を多く積み上げてきた手法に対するものと失敗例との比較検討を行いながら、それらがどのような要因によって結果を左右してきたのかを明確にしておかなければならないということだ。

医学的にその術式の成功率が過去に90%以上あっても、リハビリ期を終え現場に復帰したその後のスポーツ・パフォーマンスがどの程度の状態になるのか?というのは、実は別問題であることに変わりはないが、その選手自身の成績が思わしくなかったケースでは、手術を受けた患部に痛みや違和感を理由にすれば「あの手術は失敗だったのではないか?」といった周囲の意見や批判が出てくることになる。

その反対に術後におけるスポーツ・パフォーマンスが向上していくことによって、その術式を選択したことや医師そのものの「腕」に関する評価も向上しながら、術後経過の検討が学会でも発表されるので、それによって医療現場で執り行われている治療法の選択的要素につながっている。

もちろん例外的に従来の方式とは別の手法を用いた場合であっても、成功例や失敗例が検討されており、少数派で構成された検討を含め議論が左右に大きく分かれる場合もあるだろうし、多数派の見解と少数派の見解がぶつかり合いながらも徐々にそれらが統合されていくことで「最終的な形のオーソドックス」が派生することになる。

西洋医学の治療の中には人間の人体構造物の局所的な異常を元に近い形に戻すこと、またその元に近い形に戻した部分を機能的にも元へと戻していくことに着眼し執り行われているが、その根本的な局所修復法や機能改善法によって、手術やリハビリを受けたスポーツ選手達自身が「運動時の痛みの消失を自覚できるかどうか?」といったことや「動作パフォーマンスの向上を他覚的に判断出来るかどうか?」というのは、実は「その後の対応」によっても大きく左右される類のものであり、それだけスポーツ選手にとって手術を受けてから現場に復帰する・・ということは、周囲からの大きな支えや知識や経験を必要としていることに変わりはない。

今回、松坂投手が早期に手術を選択した大きな理由の中には、「過去の手術後の成功例」や「保存治療の無効性」に関する情報もあったに違いないが、私が一番にこの状況に関して感じてきたのは、海外へ渡った日本の有能な投手がわずか数年で故障してしまったその大きな理由の中に一体何があったのか?ということであり、願わくばそのような状況になる前段階で、松坂投手に携わってきた周囲の方々の力用によってそれを防ぐ事は出来なかったのか?ということだった。

日本のプロ野球界を飛び越え、海外へと渡った元社会人野球の田沢投手も松坂投手と同じように肘の手術を受けているが、速球派投手の宿命とも言われる「肘・内側側副靱帯損傷をどのようにして防いでいくのか?」ということは、トレーナー界でも多くの議論を寄せ合いながら、今後も取り上げていかなければならない課題だろうしスポーツ整形外科の先生方からも意見を募っていく必要性があると思う。

横浜・多宝堂でも少年期のお子さんたちの投球肘関節障害を多く取り扱わせて頂きながら、指導現場での指導法などに関する提言等も行ってきたが、未だに「正しい投球フォームの定義」や「肩関節・肘関節に関する投球における障害予防のガイドライン」といったものが、すべての現場で徹底されているわけではないということも感じている。

しかし少なくともこういった形で提言を行う事で医療界をはじめ、少年野球指導者や学生野球指導者の中に存在している「有志の方々」にも波紋を投げかけることができるだろうし、未来へ羽ばたくお子さんたちが適切な形でスポーツ活動を行う為にも必要なあらゆる要素に関して、今後も様々な分野の検討を進めながら横浜・多宝堂ではお子さんや親御さん、また現場の指導者の方々からの声をお聞きしながら良きアドバイスを今後も送っていければと考えています。(by  院長)