« 頸肩腕症候群・偏頭痛について | メイン | 陸上選手の足(親指)の痛み・代償性運動による二次的な障害 »

ハリ刺激が痛みを解消する・・・ということ

Th5skidlls0jsix

人体へのハリ刺激が人間の脳へと作用して「痛みを麻痺させる」という事実は、様々な形で実証されてきました。以下の文章はBBC/Independentによるものです。

【BBC/Independent】
 

このたび行われた研究によれば、鍼術によって脳が非活性化させられる効果が発見されたとのこと。実験では、鍼術を施した被験者の脳をMRIスキャンし、そこで実際に鍼術が脳に作用している事が明らかにされたという。またこの発見は、これまで中国を中心にたびたび行われている薬物麻酔を用いない切開手術というものを説明する手がかりとなるだろう。また今回の研究では、鍼術によって実際に「脳の辺縁系=痛みを認識する部位」が非活性化されることが発見され、いかにして鍼術が鎮痛効果を持つのかを明らかにすることが期待されている。

実験に参加したブリストル大学教授、キャシー・サイクス氏は次のように語っている。「鍼術を行っている最中に、脳の中で痛みを受容する特定部位が明らかに非活性化されたわけです。つまり、そこで人はある刺激が痛いか、そうでないかを判断します。したがって鍼術は人が痛みを感じる閾値に作用している・・・と、そう考えられるわけです。」

実験では、被験者を大きく二つのグループに分けて行われた。一方のグループは、1mmの深さで背中にハリ刺入が行われ、もう一方のグループには同じ部位に1cmの深さでハリ刺入が行われた。そして鍼術開始後まもなく脳のMRIスキャンを行った結果、脳の運動野(刺激に反応する部位)が活性化されることが確認された。しかしその後、鍼術師が更に深く針を被験者の身体に刺入し鍼術においての「ツボ」と呼ばれている部位で針を振動させると、脳の辺縁系が明らかに非活性化されていくことが確認された・・・という。

実験に参加したロンドン大学の神経科医マークリ・リスゴーは、今回の発見は、物理的な刺激が脳に影響を与えることを実証した意味で大きな発見であると語っている。

「これは何故鍼術が有効であるのかを説明しうるものになるかもしれません。鍼術によって引き起こされる、まだ知られていない神経生物学的メカニズムの発見だと言えるでしょう。」

今回の実験に参加した被験者らは、鍼術が施されている間、何か「もぞもぞ」とした感覚は感じたものの、痛みは感じなかったと語っている。また科学者らは、これまで薬物やほかの医学療法によって、脳の一部位が活性化されることは数多く目にしてきたものの、こうした逆作用を目にし、その驚きを隠せなかったという。

「今回、我々は鍼術師に協力を頂いて科学的手法の上で実験を行ったわけですが、そこで全く予想外の結果を得られたことに非常に興奮しています。それは鍼術が脳に明確な影響を与えているという事実です。」

また今回の実験に伴って、サイクス博士は実際に中国を訪れ、そこで鍼麻酔によって開胸手術が行われる模様を視察したという。鍼麻酔とは、通常の薬物麻酔を用いずに、鍼のみで患者の痛みを麻痺させ、患者が意識の有る状態で脳や胸部の切開手術を行う・・・という手法である。またそういった鍼麻酔で行われる外科手術中は患者の意識があるため、医師と患者が会話をしながら手術を行うことさえ可能である・・という。 


私自身も約25年以上の月日の最中で「ハリ治療」を続けながら、多くの患者さん達が痛みを克服していく姿を垣間見てきましたし、私自身もハリ治療を受け、痛みを克服してきた経験がありますから、上記のような研究が成されずとも、体験的にはハリ治療というものが、現在感じている痛みを解消していく・・・ということに疑う余地などもちろんありません。ただし、痛みの出現する機序の中には、もちろん様々な要素があるので、「全ての痛み」に対応出来るのかと言えば、それは嘘になるでしょう。 

しかし今 現実の世界で痛みを実感している誰かが、何の理屈も解らずに初めてハリ治療を受けたとしても、その効果を実感として感じることは可能である・・・ということは嘘ではありません。何故なら・・例えばお子さん達(たとえば小学校4年生くらいのお子さん)がここへやって来て、私のハリ治療を受けておられますが、彼らは人生で初めてハリ治療というものを受けるわけです。そして彼らは「なぜ?ハリを身体に刺入するのか?」ということを親御さん達から理論的に説明を受け、治療院へやってきたわけではありません。

もちろん親御さんの中には、お若い頃にギックリ腰を患ってしまい、厳しい痛みの感覚に襲われて病院を受診したものの、1週間経っても2週間経っても痛みの感覚が残っていた為に、近隣の治療院へと足を運んでハリ治療を受けたら痛みから開放された・・・といったような経験をもっておられる方々もいらっしゃいますので、そのような体験的な事をお子さん達にお話なさっている場合もあるようです。・・・・かといって、それでは何故?ハリ治療を行うと、それまでの酷い痛みが解消して楽になっていくのか?・・・という科学的な根拠などは、当然ほぼ持ちあわせておられないでしょうから、「とにかくハリを打って貰えば、痛みが楽になるから・・」と仰って、お子さん達を納得させながら治療院へとお越しくださっていることもあるのではないかと思います。

だからこそ理屈的な問題、科学的な根拠というものは、もちろん施療を行っている私達にとっては非常に大切な部分ではありますけれども、実際的には「本当に痛みを緩和させることが出来るのか?」ということの方が更に大切な要素になってくるわけです。これは一番正直なところなわけです。ただし・・・医学的、科学的な根拠も無しに、ただただ痛みの感覚を抑制できるから、ハリ治療というものが「万能である。」という風に捉えるのは、やはり正しくない認識である・・・そうとも言えるでしょう。

例えば「ある部位の靭帯が断裂していて、関節を動かそうとすると強い痛みを感じる。」とか、「感染症によって酷い腫れや痛みを感じる。」といった場合には、ただただ痛みを抑制しても、その根本的な原因を解消しておかなければ、ハリ治療そのものの行為が、無駄に終わってしまうケースだってあるわけです。「虫歯で歯が痛い」・・・といった場合にもそれは言えるのですが、そのようにして根本的な原因があれば、まずその原因を解消する必要がある・・・・そういうことになるわけです。

いっぽう患者さん達の中には、例えば「腰部椎間板ヘルニアで手術を行った。」とか、「腰部脊柱管狭窄症で手術を行った。」など、痛みやしびれの原因が医療機関で特定され、その痛みやしびれの根本的な原因解消の為に手術が行われたにも関わらず、痛みやしびれが遺残している。または反対に今まで無かったような症状・・つまりは違和感であるとか、今まで感じなかった部位に痛みやしびれを感じる・・・などといった、外科手術後の遺残症状を訴えて、治療院へと訪れていらっしゃるケースも多々あるわけです。これはどうしたものでしょうか。

医療機関で痛みの原因が解明され、外科手術が行われました。そしてそういった手術によって痛みの原因が解消された・・・にも関わらず、痛みや違和感は完全に解消されていない患者さん・・・が存在するわけです。これは一体どのような根拠によって、そのような状況が生じているのでしょうか。そうしてそういった患者さん達がここ治療院へと起こしになります。この痛みを何とかしたい。違和感を解消したい。そのためにハリ治療を受けていきます。そのような状況の中で、「今まで眠れなかったほどの激痛が嘘のようにして解消されていく。」といった事実がここにあるわけです。

しかし本当は「嘘のようにして痛みが楽になっていく」・・という現象に対する科学的な根拠や実証というものは当然既に、この世の中に沢山あるわけですから、それは嘘では無くて真実の出来事なわけです。人間の脳には生まれながらにして「痛みを抑制する神経システム」が備わっています。女性がお産が出来るのも、当然この神経システムが存在するからです。そして女性が男性よりも痛みの感覚に強いのは、「子供を産まなくてはならないから」かもしれませんね。もちろん男性にも同じように、脳には痛みを抑制する神経システムがあるわけですから、女性よりも痛みの感覚に敏感であったり、弱いから・・・といっても、きちんとそういった痛みを抑制する神経システムが働けば、痛みは楽になって解消されていくものです。

一番大切な事は、まず痛みの原因を医療機関等で特定する必要はあるけれども、その解消法・・・つまり、たとえば先程のような例で言えば、外科的手術を要する一件であれば、本当に全てのケースで「痛みが解消されていくのかどうか?」ということになるわけです。しかし全てのケース・・・というのは、ほぼ皆無に等しいはずです。必ず、代償的な症状や感覚が多少は残るか、または違う症状というものが出現しているのではないかと思うわけです。これはここへお越しくださった皆さんの感覚的なお話から、そう感じるようになったわけです。

ただし、そういったことによって、モノが食べられなくなるわけでもない。また歩けなくなるわけでもない。また思考能力が無くなるわけでもない。そして・・・モノを見たり聞いたり感じたり、話が出来なくなるわけでもありませんから、生きていく為に必要な状態が極度に悪化するわけでもない・・・・そうとも言えるでしょう。つまり手術後に痛みやしびれが残ったとしても、それさえご本人が我慢することができれば、「生きていける」ということなのです。しかし「痛み」の感覚を日常生活の全てにおいて感じてしまえば、その痛みの感覚によって心が全て支配されてしまうことにもなります。

何も考える余裕が無くなってしまう。また歩こうとする時にも足が一歩も前に出ないし、大好物を食べても味が感じられない。または面白い映画を観に行っても楽しくないし、ただただ痛みという感覚が日常の中に感じられるだけで、全ての日常生活が苦しくて台無しになってしまうほど悪影響を持った最悪の感覚だ・・・ということを私は感じないわけにはいかないのです。これは本当に深刻な問題と言えるでしょう。

これは私自身も自分の身体を通して実感したことですが、「この世の中に痛みの感覚ほど、辛く苦しいことは無い。」ということです。医療関係者の方々というのは、このことをよくよく頭の中に忘れずに入れておかなくてはならない・・・そう私は強く思います。「痛み」というものは、あくまでも「その個人の感覚」ですから、もちろん目で確認することが出来ません。もちろんCT画像にもMRI画像にもレントゲン画像にも痛みの感覚は映りません。そういった痛みの感覚というのは、あくまでも主観であって、客観視することは不可能に近いからです。

痛い・・という感覚が、日常の中で私達に出現したときに、私も含めて多くの人達が体験してきたことだと思いますが、まずその痛みを感じている部位に「手を添えて、さすったり押さえつけたり」しなかったでしょうか?プロ野球選手達もデッドボールが背中や足に当たると、そこに痛みがあれば、何も考えずにその当たった場所へと手をやってますね。そういう反射を脳が無意識的に起こしているわけです。たしかに、その痛みのある場所へと手を添えると、何故か?痛みが少し楽になったように感じませんでしたか?そうなんです。そのようにして人間の脳には、痛みを抑制する神経システムがあるので、そのシステムを起動させる為の行動が本能的に顕れる・・・ということなのです。

人はお腹が痛ければお腹を押さえますし、歯が痛めば頬の辺りを手で擦ります。犬だって、どこかが痛ければ舌を使って、その部位を舐めて刺激をしています。そうやって痛みのある皮膚部位を適量刺激すると痛みの感覚が減少する・・・ということを本能的に人間も動物も知っているということになるわけです。

ところが・・・人間というのは凄いですね・・・。もう何千年も前に、この本能的な痛みへの対処法から、ハリ治療という医療行為を生み出したわけです。初めは木製の枝の先を尖らせ皮膚を刺激していましたが、次には金属製のハリを用いるようになりました。そして金属製のハリ器具は皮膚を通り抜けて、皮膚の中や筋肉などの深部に入れることも可能になったわけです。

それまで人間は痛みのある場所に刺激を与える為に「手」や「木」を用いてきたわけですが、金属製のハリを用いることで、「身体の中」にまで刺激を加えることが可能になったわけです。そこが凄い進歩だったわけですね。もちろん人間は進化の途上で人体に刺激を与えるものの中で、更に発展を遂げていくわけですが、それは何かというと「植物」などを煎じたり焼いたりしたものを飲むことで、身体に刺激を与える・・・という方法を見つけ出しました。

中国の漢方薬もそうですし、西洋医薬もそうですし、アロマのような香油も、そういった効果を発揮するものです。しかし最も根本的なことは、私達が普段から食べている食物というのは、当然、身体に刺激を与えている・・ということにもなります。もちろんこれは「刺激」というよりは分類的には「作用」と言ったほうが良いと思いますが、いずれにしてもそれらが人体に何らかの刺激を与えて作用を及ぼしているわけです。

話がやや逸れましたが、つまり「体表から与える刺激」も「体内から与えられる刺激」も、そこから脳へと伝わって何らかの作用を及ぼすことで、私達はそれによって「様々な感覚」を得ている・・・・そういう根源的なテーマがここにあるわけです。人が心地よい・・と感じている時に、脳にはどんな状態が生じているのか?また人が痛くて辛い・・・と感じている時に、脳は一体どんな状態が生じているのか?またそういった脳の状態を何らかの刺激や作用によって意図的にコントロールすることが本当に可能なのかどうか?

まず痛みに対する原初的な対応の中には、ハリ治療や物理療法のような刺激を用いた治療方法があります。そして第二には、ある作用のある物質を体内に取り入れて痛みをコントロールしようとする薬物療法もあります。第三に、侵襲的な外科手術というものによって痛みをコントロールしようとする場合もあります。そして第四には、心理療法や催眠療法のような心の側面、精神作用から痛みをコントロールしようとする場合もあります。しかし根源的なものに思考を向け、痛みの感覚やコントロール法というものを考えていくと、実はそのどれもが、万能では無いことにも気が付かされます。もちろん全身麻酔をかけてしまえば、意識や感覚が薄れ、痛みを感じなくさせることは可能になっていますが、その状態を永続することは不可能に近いでしょう。

ということは・・・どのようなケースであれば、どの治療法を用いたほうが良いのかどうか?ということを経験的・実質的な形でデータを残し、最適な治療形態を形作っていくことの方が、人間のための医療として真に有意義ではないのか?・・・というテーマに行き着くことになってくるわけです。その中にあって、私達のような施療家は、このような原初的な治療行為を行う人間として、多くの患者さん達が現在感じている痛みやその苦しみへと対応していくことが、最も重要なテーマである・・・そうとは言えないでしょうか。

施療家の中には、「痛みなんか治せたって、そんな事はたいしたことではない。」「痛みは脳からの警告シグナルなんだから、痛みが出るのは当然だし痛みなんて解消する必要はない。自然に良くなれば痛みなんてなくなるんだ。」と、そのような考えを持っている方々もいます。そしてそういった方々というのは、内蔵疾患を事前に予防したり治すことの方が有意義な治療行為である・・・といった自身の最大の治療テーマを掲げておられる場合があるかもしれません。

しかし本当にそうでしょうか?私はやはり痛みは解消されるべきものだと思っていますし、私達が手を添え、またハリ治療を施すことによって多くの患者さん達が痛みから開放されるという事実は、この世の中でとても価値的な行為である。そのように私は強く感じてきました。それは患者さん達が痛みの感覚から生じてしまった苦しみの心から解き放たれ、そして笑顔で日常生活を送っておられる姿をご覧になれば、きっとそういった考え方を持ちながら施療を行っている方々であっても、考え方を一考せずにはおれないと思うからです。それだけ痛みの感覚ほど人間にとって苦しいものはない。そういうことではないでしょうか。

もちろん・・痛みにも様々な分類があるのは皆さんもよく御存知だと思いますが、そういった痛みへの対応や解消法というのは本当に深くて、まるで人生そのものを勉強しているような気持ちにさせられる時があります。何故なら、痛みの感覚ほど、人間にとって何らかの心の作用を促している存在は無いから・・・とも言えるのではないでしょうか。

6月もあと5日足らずで終わり、7月へと向かっておりますが、梅雨時期がこのまま長引きそうな気配を漂わせながらも、来月は一体どんな気候になっていくんでしょうね。カラっとした夏空が早く顔を出してくれたらいいな・・・そんな願いを込めて、今日は「痛みとハリ治療」について、最近心のなかで感じてきたことをブログ上で少しだけ綴ってみました。

ここに起こし下さっている皆様が、一日も早く痛みから開放されて笑顔で生活されますように・・・日々そう願いながら、また7月も施療へと汗を流して参りますので、どうぞ宜しくお願いいたします。またここ横浜・多宝堂へと新たに起こし下さった皆様も、今後共どうぞ宜しくお願い致します。最後までご閲覧下さった皆様にも感謝しております。いつもありがとうございます。

それでは(by院長)